第7話「ダンディしみうさ」




『海辺の街のしみうさ』

前回(第6話)でジェントルマンになり損ねてしまってしみうさは、今度はダンディになってすきねこちゃんに迫ろうとするのだが…

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モテへの道は険しく遠い…

館主の本だな

❝ダンディズムとは一つの落日である。あの傾いた陽のように、それは美しくも 、熱を欠き、憂いに満ちている。(Le dandysme est un soleil couchant; comme l’astre qui décline, il est superbe, sans chaleur et plein de mélancolie. Cf. Le peintre de la vie moderne, IX. Le Dandy)❞

❝ダンディズムとは退廃の時代における英雄性の最後の瞬きである。(Le dandysme est le dernier éclat d’héroïsme dans les décadences. Cf. Le peintre de la vie moderne, IX. Le Dandy)❞

ダンディという言葉を聞くと、渋い洒落たオジサマを想像する人が多いかもしれません。しかし教条的に定義するならば、ダンディとは、ただ「洒落ている」だけではなく、時代に逆らう退廃の美学そのものなのです。

バルベー・ドールヴィイ(Barbey d’Aurevilly, 1808-1889)が、1879年に『ダンディズム、ならびにジョージ・ブランメルについて』(Du dandysme et de Georges Brummell)を著して、そのなかで元祖ダンディであるジョージ・ブランメルを称賛して「ダンディ」を芸術家の域にまで持ち上げました。今回、しみうさが読んでいる『ダンディズム』の和訳はまだ刊行されていませんが、古い本ですので、フランス語原著と英訳は既にインターネット上で公開されています。

原著:

  • Barbey d’Aurevilly, Dandysme et de George Brummell, Paris, 1879.

英訳:

  • Barbey d’Aurevilly (Douglas Ainslie tr.), Of Dandyism and of George Brummell, London, 1897.

なお、「ダンディズム」一般の概説書は日本でも複数出版されており、価格も手ごろで面白いのでお勧めです。「オシャレとは何か?」という疑問が様々な角度から検討されています。

  • 生田耕作『ダンディズム ―栄光と悲惨―』(1999, 中公文庫)
  • 山田勝『ブランメル閣下の華麗なダンディ術 ―英国流ダンディズムの美学―』(2001, 展望社)
  • 中野香織『ダンディズムの系譜 ―男が憧れた男たち―』(2009, 新潮選書)

さて、前回(第6話)はジェントルマンを、今回はダンディを取り上げていますが、このダンディはジェントルマン(とりわけ貴族階級)のアンチテーゼとして登場した側面を有しているます。まず、ダンディを理解するためには、なにより元祖ダンディたるブランメルを取り上げなければなりません。

このジョージ・ブライアン・ブランメル(George Bryan Brummell, 1778-1840)は、洗練された洒落者と知られ、当時のヨーロッパ社交界の権威として君臨し、現代に続く紳士服の流れを規定した一人であると評価されています。

しかし、彼は非常な皮肉屋で、加えて傲慢かつ虚栄心に満ちた見栄っ張りでもあったため、庇護者であったジョージ四世の寵愛を失い、やがて借金で首が回らなくなって債権者から逃れるために故郷イギリスからフランスへ亡命し、亡命先の精神病院で極貧のなか亡くなりました。

これを聞くだけならば、彼は「オシャレが行き過ぎて性格が悪くて身を滅ぼした愚か者」に過ぎません。実際、彼の故郷イギリスでの評価は全くこの通りであり、ブランメルの生き方は寧ろ「悪い見本」でしかありませんでした。

しかし彼の生き様は、どういうわけかお隣のフランスで大うけして、「生ける芸術家」にまで昇華させられてしまいます。この発端となったのが、今回、しみうさが読んでいるバルベー・ドールヴィイ著『ダンディズム』です。(ただし、漫画においてしみうさが真似ているのはブランメルではなく、オスカー・ワイルドのファッションとなっています。)

バルベーにとって、ブランメルは時代に屈することなく最後まで反逆を貫いた英雄です。ブランメルは、貴族ほどには地位も財産もありませんでした。にもかかわらず彼は、ただ「オシャレ」というその一点だけで、社交界の頂点に君臨し、貴族たちの野暮さと欺瞞を愚弄し続けたのです。

このような、下剋上さながらのブランメルの生き様は、フランス革命によって貴族が一掃され、共和制となった当時のフランスにおいては、さぞかしカッコヨク見えたに違いありません。イギリスに対する精神的優位性の柱となったことでしょう。バルベーは、ブランメルの無礼行為すらも次のように詩的に称賛しています。

❝ダンディズムは、礼儀を敬いながらも、それを弄ぶ。(Le dandysme, au contraire, se joue de la règle et pourtant la respecte encore. Cf. Du Dandysme et de George Brummell, p. 16, 1879 ed.)❞

こうなると、もともと単なる外装的オシャレが本質であったはずのダンディズムは、時代に逆行しながらも個を貫くその人の生き様そのものが本質として要求されることに至ったのです。